太宰府の民俗

5坂本八幡神社


 坂本区は四王寺山の南麓から川沿いに南へ細く伸びる場所に位置し、西北は国分区、東南は観世音寺区、西南は通古賀区に接しています。坂本という地名の由来については、江戸時代の書物『筑前国続風土記』及び『筑前国続風土記附録拾遺』に、四王寺の麓に位置し、四王寺へ詣る人の本路沿いであったため、坂本という名が付いたと記されています。  かつての集落は、四王寺山麓の道筋と、近世の主要街道の一つであった日田街道から、さいふ詣り(太宰府天満宮参詣)の道に分かれる道筋にあり、前者は「村」、後者は「関屋」、「洗出」と地域の総称で呼ばれていました。この他、都落ちした安徳天皇が行宮したと伝えられる「頓御殿」、「花の屋敷」という場所や、岩屋城が落城した際、薩摩勢が陣を引き上げる時に通ったことから「引陣」という名が付いたなど、歴史的伝承にちなんだ地名も多く残されています。  坂本区の氏神は坂本八幡神社で、祭神は応神天皇一座です。この坂本八幡神社の建つ場所は、大和朝廷時代、太宰帥の屋敷があったと伝えられています。成立年代について、『福岡県神社誌』に、「天文・弘治の頃勧請と云ふ」とあり、およそ450年前から、坂本の地に鎮座していると考えられます。神社境内には他にも、広末稲荷社、弘法大師堂、ガラン様(子どもの神様)、庚申塔が祀られています。

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